小さな星の会 

風は七色・・・響き合う色 が つくりだす「虹色の時間」を                         ココロに・・・感じて・・・

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中庸を見出す

12年間の 一貫教育を 実践している
「京田辺シュタイナー学校」
http://ktsg.jp/index.php?action=pages_view_main&page_id=35

「12年後 この子達はどんな未来を描くのだろう」

~シュタイナー教育は 自由への教育

・・・ 高等部の 各学年の特徴と授業のテーマを語る記事に


「中庸を見出す10年生」

・・・という言葉を見つけた。

実は ブログ炎上の心理
自分の中で 整理したくて

戦わない生き方・・・

否定しない生き方・・・

対極の意見・・・

・・・の記事を ネットサーフしていたところに 出会った言葉・・・。

「中庸を見出す10年生」

対極の中に 中庸を見出し・・・ 
やがて 自分の立ち位置を 見出す・・・。

自分の内面に 自分の中心が 生まれはじめ・・・
対極の中に バランスを見出す。

・・・と。
 
10年生というのは 16歳ごろ・・・一般には 高校1年生・・・

娘と同じ・・・

なんという絶妙なタイミング・・・

必要な こと は
必要な とき に
必ず
手渡される・・・という 実感が 湧く

・・・以下は 京田辺シュタイナー学校の「高等部の 各学年の特徴と授業のテーマ」の記事

『中庸を見出す10年生
世界や社会に視野を広げ、そこにある様々な側面を見てきた生徒たちは、やがて対極の中に中庸を見つけ出す時期に入ります。この時期に入ると、生徒同士の関係性にも大きな変化が表れます。例えば、話し合いの中で意見が対立したとしても、自分とは違う意見にも耳を傾け聞き合い、対立する意見の中からそれらを総合して結論を生み出すことができるようになっていくのです。これは、生徒一人ひとりが様々な対極の中に自分の立つ位置を見出し、生徒の内面に自分という中心が生まれ始めたことの表れでもあります。この時期、様々な対極の間にバランスを見出す人間の代謝生理の学びや、自らの立地点を基に世界を正確に測っていく測量実習を行います。』
http://ktsg.jp/index.php?action=pages_view_main&page_id=35

娘は 高校1年生・・・今年度 16歳になる。
導かれた学校では 環境都市工学を学び
自らの立地点を基に世界を正確に測っていく測量実習」も 体験する。

中庸を見出す10年生に当たるこの時期に シュタイナー学校ではないところでも
必要な学びが 用意されていることに 感謝したい。

・・・子育ての 早い時期に出会った シュタイナー教育・・・

シュタイナー幼稚園や学校に通うことがなくても 
その哲学や実践的な教育法に 魅力を 感じつづけてきた。
 
今の 生活の中にも 
シュタイナーの言葉は 導きの光となって  生きている・・・

身近で起こった まさかの ブログ炎上・・・

この 「対極の中に 見出す 中庸のバランス」・・・という言葉に出あった瞬間!
この事態の 学び は これだ・・・と 腑に落ちた。


自分の16歳だったころを思い出してみよう。

しあわせを 感じて いただろうか?

自分の 立ち位置は 見出せて いただろうか?

対極の中に 中庸を 見出す・・・そんな体験・・・

バランスをとる・・・という体験を 充分 してきただろうか?

そして・・・ここに存在する今の自分に中心は あるのだろうか・・・

・・・・・・

子どもの頃に 体験を通して学べなかった あれこれを 

ずっと ずっと 背負ったまま・・・

解決の方法も 知らないまま・・・

大人に なってしまっては いないだろうか?

・・・・・・


知人のブログ炎上に 限らず

どのケースも 炎上の初期は・・・

アバターさんの記事に 反対のフラッグを揚げ 意見を投じる・・・

それは 
無記名 だったり・・・
思うままに感情をぶつける 愛のない言葉 だったり・・・
単に 暴言だったり・・・
意見というよりは 非難・・・。

その反対意見に さまざまな思いが沸き起こり 
弁護や 庇護の 意見が 投じられる・・・。

対極の意見が 投げられるたびに・・・白熱してきて・・・

それを 読んだ人が 反対意見の相手の言葉を引用しながら 
そのコメントに対して 自分の意見を投じる・・・


アバターさんの記事に対する 自分の思いが 

いつしか・・・

自分とは反対の意見を投じた相手を非難し
相手の人格
をも否定することに・・・。

 
ブログ炎上は 見えない人の仕業・・・と思われがち だけれど
調べていくと 何千もの中傷コメントが 
たった数人の仕業だったということも多いそうで・・・。

愉快犯的なことも。

・・・・

ブログ炎上だけではなく 
実社会にも よく起こる トラブル・・・。

・・・・あちこちで起こったことが 
実は たった一人が 蒔いた種だった・・・ということも。

・・・・・・・

期待を 裏切られた 体験の 悔しさや・・・

認めてもらいたい人に 認められない 悲しさや・・・

心を開く相手のいない 独りぼっちの 寂しさや・・・

本来は純粋に 平安を求める心が・・・ ゆがんで・・・

バランスの取り方を 知らない 心が・・・

痛みを 感じなくなってしまった 頑な な 心が・・・

悲鳴を あげているのかもしれない・・・。


・・・そういう心持の人は 偽善に敏感・・・
言葉や 態度や 雰囲気に対して 
「マイナスのエネルギーを感じやすい心」なのだと おもう。

自分の中心が無いということに おびえているの かも しれない・・・。
得体の知れない 恐れ なの かも しれない・・・。

自分を守るためにゆがんだ形で 表現したり アクションを起こしてしまうのだと。

そういう気持ち への 理解・・・

善と悪が 自分の中にも存在しているという 受け入れ・・・。

「そういう気持ち わかるよ・・・」と 対極の中に 自分の立ち位置を見出し
 中庸に持っていけたら・・・

たとえば・・・ 

「いじめ」を 問題に したときに・・・

いじめられた子 の 気持ち・・・

いじめた子 の 気持ち・・・

その傍らで 傍観していた子 の 気持ち・・・を
 
彫塑で体験する・・・

「○○チャンの気持ち・・・○○チャンの気持ち・・・」
と 心で唱えながら 可塑性のある 粘土に向かう・・・

「いじめ撲滅」の講演会を聞くよりも・・・
「いじめをなくそう!」と スローガンを掲げさせるよりも・・・

子どもが 自分の 内面で体験する・・・自分と結びついた 実感。

・・・・・

「12年後 この子達はどんな未来を描くのだろう」

子どもたち ひとり ひとりが 進みたい道を 自ら探して 歩き出せるような・・・

そんな風に あたたかなまなざしで 育まれたなら・・・

未来は とても 明るい・・・

・・・・・

学べなかったことを 
学ぶときが来た のだと・・・

受け入れていけたら・・・。

愛のある言葉を 発して 
相手を 信頼して 
待つことが できたなら・・・

中庸を見出す自分 と 出会えるはず・・・



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コメント


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私は、中庸に立てましたか(^^;;?

くみ | URL | 2011-06-02(Thu)23:33 [編集]


Re: タイトルなし

くみさま
まだ 実感が ありませんか?
長い時間をかけて 学んだことが 
清清しいほどに 整理された感じを 受けますよ♪
自分の中心ができましたねe-266
おめでとうe-420

風は七色 | URL | 2011-06-04(Sat)09:45 [編集]


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